PR

なぜニコマコス倫理学は退屈なのか―― 本質に迫る「否定から考える」思考法



思考・哲学

正直に言うと、
最初に読んだときの感想はこうだった。

「退屈すぎる」

入院中、時間を持て余して手に取った
アリストテレスの『ニコマコス倫理学』。

しかしその内容は、
派手な主張もなければ、
一気に理解が進む爽快感もない。

ひたすら地道に、
あるテーマについて考え続ける本だった。

当時の私は、その価値がわからず、
読み終えたあと手放してしまった。

だが今振り返ると、
あの“退屈さ”こそが、本質だったのではないかと思う。

本記事では、この書物に通底する
「否定から考える思考法」について整理し、
それが現代にどう応用できるのかを考えてみたい。

スポンサーリンク

アリストテレスはなぜ回りくどいのか

アリストテレスの思考は、一見すると非常に回りくどい。

例えば「勇気とは何か」を考えるとき、
いきなり定義には入らない。

まず彼がやるのは、

  • 臆病(恐れすぎ)
  • 無謀(恐れなさすぎ)

といった「勇気ではないもの」を丁寧に検討することだ。

そして最後にようやく、
勇気とは何かを言語化する。

このプロセスを、
あらゆる徳について繰り返す。

正直、読む側からすると地味で長い。

しかしここに、
彼の思考の核心がある。

スポンサーリンク

「それでないもの」から本質に迫る

この方法を一言で言えば、

👉 「否定から定義する」

という思考法だ。

何かを理解するために、
まずそれでないものを明確にする。

一見遠回りに見えるが、
実は非常に合理的である。

なぜなら、
人は「曖昧な肯定」よりも
「明確な否定」の方が判断しやすいからだ。

曖昧に「これがAだ」と言われるより、
「これはAではない」と切り分けていく方が、
輪郭ははっきりしていく。

スポンサーリンク

現代でも使える具体例

この思考法は、現代でもそのまま使える。

■ケース①:やりたいことが分からない

いきなり「やりたいこと」を探すと、
多くの場合、迷子になる。

そこで逆に考える。

  • 満員電車に乗りたくない
  • 嫌いな人と働きたくない
  • 収入が不安定なのは嫌だ

こうして「やりたくないこと」を明確にすることで、
自分の望みの輪郭が浮かび上がる。


■ケース②:平和とは何か

「戦争がない状態=平和」
と単純に言い切れるだろうか。

例えば、
他国に支配されている状態はどうか。

これは明らかに「平和」とは言い難い。

このように、
「平和ではない状態」を考えることで、
平和の定義はより深くなる。

スポンサーリンク

なぜこの方法は強いのか

この思考法の強さは、
誤解を排除できる点にある。

いきなり結論から入ると、
どうしても解釈のブレが生じる。

しかし、

  • これは違う
  • これも違う

と除外していくことで、
最終的に残るものの精度は高くなる。

つまり、
遠回りに見えて最短ルートなのだ。

スポンサーリンク

「退屈」の正体

ではなぜ、この本は退屈に感じるのか。

理由はシンプルで、

👉 思考のプロセスを省略していないから

現代の情報は、
結論だけを効率よく伝えることに慣れている。

しかし『ニコマコス倫理学』は違う。

結論に至るまでの過程を、
一切省略せずに提示する。

だからこそ、読む側にも
思考の持久力が求められる。

この「しんどさ」こそが、
本来の思考なのだと思う。

スポンサーリンク

結び

かつて私は、
この本を「退屈」と切り捨てた。

しかし今は、むしろ逆に思う。

「あの退屈さこそが、思考の本質だった」と。

何かを理解したいとき、
いきなり答えを求めるのではなく、

まず「それでないもの」を考える。

この一手間を加えるだけで、
思考の深さは大きく変わる。

もし今、
何かに悩んでいるなら、

あえてこう問い直してみてほしい。

「それは、本当にそれなのか?」

そして同時に、

「それではないものは何か?」と。

その問いの先に、
より確かな答えが見えてくるはずだ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました