今回は、前回に引き続き、羽生善治九段の名言を紹介していきたいと思います。
そもそもなぜ羽生善治九段の名言を取り上げるのか?
については、以下の記事で書いているので、
興味ある方は一読してみて下さい。

羽生善治九段の名言紹介!
今回の羽生善治九段の名言はこちら!
「勝負の世界では「これでよし」と消極的な姿勢になることが一番怖い。組織や企業でも同じだろうが、常に前進を目ざさないと、そこでストップし、後退が始まってしまう。」
引用元:「決断力」羽生善治著 P43
現状維持に警鐘を鳴らした羽生善治九段の言葉です。
この言葉は、現状に満足して立ち止まってしまうことの怖さを指摘しています。
どんな世界でも、変化や成長を続けることが大切だと羽生九段は教えてくれています。
羽生善治九段は、
「今の自分に満足してしまえば、それはすでに“過去の自分”になる」とも言っています。
これは、将棋だけでなく、人生や仕事、学びの場でも通じる考え方です。
停滞している時こそ、次の一歩を考え続ける思考が勝負を分けるという示唆でもあります。
現代は情報変化が早く、将棋界でも新しい戦法が次々と研究されます。
羽生九段は、こうした変化の中でも常に新しい発想を持つことの重要性を説いています。

例えば、将棋の世界では、新しいアイデアのことを「新手(しんて)」というのですが、
昭和将棋の巨匠、升田幸三(ますだこうぞう)実力制第四代名人は、
「新手一生(しんていっしょう)」という言葉を残しました。
新手を一生涯追究し続けるという意味もありますが、
新手が一生涯通用するという意味もありました。
しかし、情報社会の波が将棋界に押し寄せたことで、
せっかく生まれた新手も、即座に研究され、
新手に対する対策を立てられてしまう。
もはや「新手一生」ではなく、「新手一回」だ、などと現代では言われています。
以前であれば1つのアイデアを思い付いたら2、3か月は通用したみたいなのですが、
現代ではそんな余裕はないようです。
そうした、変化のスピードが著しい将棋界にあって、
自分自身が絶えず変化していかないことの危険性を、
羽生善治九段は指摘しているのだと思います。
現状維持では現状を維持できていないということですね。
当然、情報社会の波は将棋棋士でない私たちにも押し寄せてきています。
情報社会によって、あらゆることがすぐに陳腐化する時代になっています。
そのため、時代が加速度的に前へ前へ進んでいっています。
また、現代はVUCA(Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性))の時代です。
早い話が、少し先のことですら、何が起こるかは予想不能な時代です。
皆さんも、令和に入ってからのコロナ禍やウクライナ戦争、AI革命など、
令和に突入した時に予想できた方はいないのではないかと思います。

特に、AI革命、これは筆者からすればあまりにも予想外でした。
まさかスマホやPCを持っている人たちが、
気軽にChatGPTやGeminiといったAIを日常生活で使いこなす時代になるなんて、
思いもしませんでした。
ちなみに、私も皆さんと同じくChatGPTの愛用者で、
主に勉強や読書の相談、
はたまた恋愛相談(!?)なんてのもしちゃったりしてます(笑)
自分を決して否定してこないし、
すごく的確な助言をくれるので、めちゃくちゃ助かるんですよね。

そういうAI台頭の時代にあって、巷でも散々叫ばれているように、
人間の役割の再転換が求められているのは言うまでもないでしょう。
単に本の内容を覚えたり、一問一答的知識に詳しいだけでは、
AIの時代は生き残れないでしょう。
では、AI後の世界における人間が身に付けるべき能力は何か。
筆者の実感としては、AIの仕組み的に、
AIは1から100を作り出す能力に極めて秀でていますが、
0から1を作り出す能力はないのだと思います。
したがって、0から1を作り出すのが、私たち人間の領分なのではないでしょうか。
では、0から1を作り出すには、どうすればいいのでしょうか?
あくまでも筆者の考えですが、
0から1を作り出すには独創性が必要です(完全に同語反復ですが)。
独創性を生み出すのに必要なものはなにか。
直観、美意識、異種のもの同士を融合する能力、個人の体験、などなど
これらのものが、これまで以上に価値を帯びてくるのではないでしょうか。
そして、AI後の私たちは、これらのものに重きを置いていくべきなのでしょう。
・・・盛大に話が脱線しました(汗)
要は、時代が加速度的に予測不能の進路を取る現代にあっては、
現状維持ではなく、自分自身を常時更新していかないと、時代に取り残されて生き残れなくなるというお話です。
羽生善治九段の言葉は、このことを的確に示唆しています。

筆者は以前、とある大組織に所属していたのですが、
時代に取り残されてる感が異常でした。
大組織ゆえ、ちょっと方向転換するだけでも多大な労力と時間が必要で、
勢い、前例踏襲が横行していました。
確かに、大組織なりに変わろうとはしていたのですが、
大組織の変化のスピードが、
時代の変化のスピードにまったく追いつけていないというか・・・
いやー、お世話になっていた組織にこんなことを言うのもなんですが、
あれは激変する時代に取り残される組織の典型でしたね(汗)
ちなみに、羽生善治九段が1996年に前人未到の七冠制覇を成し遂げた後、
米長邦雄から、釣った鯛をたとえに、こんな話をされたと言います。
「じっと見ていてもすぐには何も変わりません。しかし、間違いなく腐ります。どうしてか?時の経過が状況を変えてしまうからです。だから、今は最善だけど、それは今の時点であって、今はすでに過去なのです。」
引用元:「決断力」羽生善治著 P43
これも、現状維持の危うさを的確に指摘した言葉ですよね。
実は、中国古典にも、似たような言葉があります。
江戸時代の武士階級の必須教養だった四書五経。
その中の「大学」という書物に、こんな言葉があります。
「大学の道は、明徳を明らかにするに在り。
民に親しむに在り。
至善に止まるに在り。」引用元:「「大学」に学ぶ人間学」田口佳史著 P16
3行目の「至善に止まるに在り」。
この文を、幕末の儒学者だった横井小楠(よこいしょうなん)は、次のように解釈しています。
「「これが善の至りだと思った瞬間に、それは至りでもなんでもなくなる」と言っています。山にたとえれば、ある山を登った瞬間に次に登るべき山が見えてくる。ここが頂点でないということがわかる。これが人間の向上なのだ横井小楠は言うのです。
引用元:「「大学」に学ぶ人間学」田口佳史著 P29-30
これが最善だ!と思った瞬間に、
それは最善ではなくなるという、かなりシビアなお話です。

さらには(さすがにくどいでしょうか(汗))、
あの旧一万円札で有名な福沢諭吉も、
「進まざる者は必ず退き、退かざる者は必ず進む」
と、似たようなことを言っています。
変化の多い時代では、前進しないと必ず後退してしまうことを指摘した言葉です。
確かに、福沢諭吉が生きた幕末、明治初期は、
あらゆる価値が転換した激動の時代でしたもんね。
あの時代に旧弊にすがりついていた人たちは、
もれなく時代に取り残されていたことでしょう。
まとめ
今回は、現状維持の危うさに関する羽生善治九段の名言を紹介しました。
将棋棋士だけでなく、現代を生きる私たちにそのまま当てはまる厳しい言葉でしたね。
いかに自己革新を重ねていくか、わが身を省みさせられる羽生善治九段の言葉でした。
また、羽生善治九段の含蓄ある言葉を紹介するので、お楽しみに!




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