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中井広恵がLPSAを退会した理由は?過去には炎上も?実力派超強豪女流棋士を調査!

女流棋士

今回は中井広恵(なかいひろえ)を紹介します。

林葉直子、清水市代とともに女流棋界を牽引(けんいん)したレジェンドと名高い中井広恵。

11歳で女流棋士入り16歳で初タイトルの女流名人を獲得した圧倒的な伝説の持ち主です。

代表を務めたことのあるLPSAを退会した理由は?過去にはどういう炎上をしたのか?

そんな疑問に答えていきます。

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中井広恵がLPSAを退会した理由は?

中井広恵は2006年、LPSAに移籍し、初代代表理事も務めました。

しかし、そのLPSAを2014年に退会してしまいます。

いったい何があったのでしょうか?

 

ことの発端は、渡辺愛の女流棋士認定問題でした。

LPSA所属の渡辺愛は、LPSA主催の1dayトーナメントで、通算3回優勝したため、

LPSAの「棋士規程」により、女流3級に昇格しました。

しかし、日本将棋連盟には女流3級として認められませんでした

 

この取り扱いに不服だった当時代表理事だった石橋幸緒が、

マイナビ女子オープンの契約問題があったこともあり、

第6期マイナビ女子オープン準決勝の里見香奈戦をボイコット

 

この石橋幸緒のボイコットに反発した中井広恵が、

対局ボイコットに対する抗議の意志として、

LPSAを退会することとなりました。

 

うーん、LPSAを退会するほどのことかなと筆者は思ってしまいますが、

中井広恵なりのお考え、中井広恵にしかわからないなにかがあったんでしょうね。

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中井広恵、過去には炎上も!?

中井広恵のようなレジェンドでも、残念ながら炎上したことがあります。

それは、西山朋佳が棋士編入試験に不合格だったことに寄せた中井広恵のコメントが発端でした。

中井広恵は、

「周囲に将棋を指す女の子がほとんどいなくて孤独感があった」

「勉強の場を探すのが大変だった」

「ずっと女性が棋士になれなかったのは環境面が一番大きな要因」

「生理や出産など、女性特有の悩みについて配慮するような制度も整備し、棋士になった後の未来が想像できるようにしてほしい」

と、自身の奨励会時代に言及しながらコメント。

この3つ目のコメントがどうも不評だったようで、将棋ファンからX(旧:Twitter)上でバッシングされていました。

女性が棋士になれないのは単に実力不足のせいなのに、

肝心の実力不足に目を覆い、

環境面の配慮のなさに責任転嫁しているように見えたのでしょう。

正直、筆者も同じ感想を持ちました。

 

ただ、環境面の配慮についてですが、これに関しては難しい問題ですよね。

男性側の、

「将棋界という男性社会に身を投じた以上は、環境面で女性に配慮していないことに文句を言う筋合いはない。文句があるなら女流棋界で頑張ってどうぞ。」

という主張も至極もっともですし(筆者はこっち寄りです)、

片や女性側の、

「将棋でも男女平等が確保されてしかるべきで、環境面で差異があってはならない」

という主張ももっともだと思います。

筆者の日和見主義的な悪いところが出て恐縮ですが(汗)、

今後の将棋界をどのような存在にしていくかという青写真の違いなのかなと筆者は思います。

 

少なくとも、奨励会という世界に限って言えば、男性より女性の方が過酷で不利な環境と言えるでしょう。

じゃあ、奨励会も男女平等を目指しましょうとなると、圧倒的に男性が多い奨励会では難しいのではないでしょうか。

無理に男女平等を目指すのは違うと筆者は思います。

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中井広恵のプロフィール紹介!

記事の前半は中井広恵にとってマイナスの話題ばかりで、本当に申し訳ありません。

ここからは一転、明るい話題に移ります。

中井広恵のプロフィールを紹介します。(2025年11月現在)

生年月日1969年6月24日生まれ(56歳)
出身地北海道稚内(わっかない)市
段 位女流六段
女流棋士番号フリー棋士
師 匠佐瀬勇次(させゆうじ)名誉九段
プロ入り1981年4月1日(11歳)
得意戦法相掛かり
クイーン称号クイーン名人
タイトル獲得数女流名人9期、女流王将4期、女流王位3期、倉敷藤花3期
合計19期
一般棋戦優勝10回
血液型不 明
身 長不 明
趣 味ゴルフ、海外旅行

タイトル獲得数は19期と、

福間香奈の66期、清水市代の43期、西山朋佳の20期に次ぐ歴代4位です。

クイーン名人も保有しており、

1993年には公式戦で初めて男性棋士を破った初の女流棋士となり(ちなみに男性棋士との対戦成績は、100局戦い、21勝79敗)、

2003年にはNHK杯戦で当時A級棋士だった青野照市九段を破り(女流棋士が現役A級棋士を破った史上初の例)、

2020年には史上最年長となる51歳4か月でタイトル挑戦を果たし、

2021年には女流棋士初となる通算700勝も達成しています。

これだけ見ればおわかりのとおり、文句なしの女流棋界のレジェンドです。

実績がただただ凄すぎますね。圧倒されます。

 

そんな圧巻の実績を持つレジェンドも、最近では「ちいかわ」にハマっているといいます。

このギャップがたまりませんね(笑)

筆者も「ちいかわ」が好きなので、親近感が湧きます(笑)

ちいかわ、癒されますよね。

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中井広恵が将棋を覚えたきっかけは?アマ時代の棋歴紹介!

5歳の時に父に将棋を教わったのが将棋人生の始まりとなりました。

1981年、第6回小学生将棋名人戦で準優勝をし、

同じ年に、11歳10か月で女流棋士となりました。

この記録は、藤田綾に11歳6か月で記録を破られるまでは史上最年少でした。

  

その後、1983年に14歳で奨励会入りしますが、

1990年に、年齢制限のため、奨励会を2級で退会しています。

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中井広恵の結婚相手は?

1989年、中井広恵が20歳の時に、兄弟子の植山悦行(うえやまよしゆき)七段と結婚しました。

なので、中井広恵の本名は、植山広恵になります。

そして、3人の娘さんに恵まれております。

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まとめ

いかがだったでしょうか?

育児や介護に追われながらも、これだけの実績を残す中井広恵は、まさに天才だと筆者は思います。

中井広恵は過去のインタビューで、

「女性が家庭を持ってどこまで戦えるか、後輩たちも気にしている。自分がお手本になるつもりはないが、一つの道筋を見せられたら」引用元:東京新聞

と意気込みを語っています。

これは本気で応援したくなりますね。

女性だってこんなに立派に戦えるんだぞっていうところをぜひ見せてほしいです。

勝率は落ちてこそいるものの、往年のレジェンドぶりをいかんなく発揮してほしいですね。

中井広恵の益々のご活躍を祈念します!

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